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ピアノの歴史

2013.08.26 (月)

ピアノは、1709年頃に、イタリア人のチェンバロ製作家、
バルトロメオ・クリストフォリ(1655-1731)が創りました。

当時、貴族たちは、自分のために楽器を作らせることが多く、
フィレンツェのメディチ家の王子もその一人でした。
彼はメディチ家に仕えていたクリストフォリに、チェンバロの改良を依頼しました。
その頃、鍵盤楽器はチェンバロが主流でしたが、音が強弱に乏しいのが難点だったのです。

クリストフォリはそれを改良し、
クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ(ピアノもフォルテも出せるチェンバロ)」を創りだしました。
この名前が短縮されて、「ピアノ」と呼ばれるようになりました。

その後ピアノの開発は、ドイツ人のオルガン製作家、
ゴットフリート・ジルバーマン(1683-1753)に受け継がれ、発展していきました。
ちなみに、J.S.バッハが当時ジルバーマン製のピアノを弾いたことがあると推測されています。
ただ当時のピアノはあまり出来が良くなく、お気に召さなかったようで、
彼はピアノのための作品は残していません。
鍵盤曲は全て、チェンバロとオルガンの曲です。

18世紀後半には、ドイツのヨハン・アンドレアス・シュタイン(1728-92)が、
ジルバーマンのメカニズムに改良を加え、ドイツ式(ウィーン式)アクションを完成させました。
シュタインのピアノは、連打が可能なエスケープメント機構を備えていて、軽快なタッチと音が特徴でした。
モーツァルトは21歳の時にこのピアノに出会って感動し、
以後これを愛用し、ピアノ曲をたくさん書きました。
ちなみに、このピアノの鍵盤は浅く、現在の半分くらいの軽さで弾けたようです。
音域は5オクターブで、61鍵でした。

同じ頃、イギリスではヨハネス・ツンペがクラヴィコードにハンマーアクション(イギリス式アクション)を付けた
スクエアピアノを開発しました。
1768年に、J.S.バッハの息子であるJ.C.バッハが、このピアノで公開演奏しました。
ピアノがソロで公開演奏されるのは、これが初めてだったそうです。

1780年頃、ジョン・ブロードウッドが、ツンペが開発したイギリス式アクションを改良し、
弦の弾力を増し、フレームも強化しました。
抵抗感のあるタッチと、力強い音が特徴です。
このブロードウッド製のピアノは、晩年のベートーヴェンが愛用していました。

18世紀の終わりごろまで、ピアノは、一台一台手作りで、音域は5オクターブが標準でした。
しかし19世紀からは、ピアノは工業生産されるようになり、音域も段々広くなっていきます。
1789年のフランス革命以降、それまで貴族のものだったピアノ音楽が一般大衆化します。
18世紀末には、多くの人を収容できるホールができ、
ピアノもそれに対応できるように、大きな音量と音の伸びが必要になりました。
そこで、弦はより高い張力で張られ、
それを支えるフレームにも、頑丈な鉄骨が使われ始めます。
そうなると、もうピアノを手作りするのは不可能になり、工業生産されるようになったのです。

19世紀には、ピアノ奏法が発達し、それに対応できるピアノが必要になりました。
この頃ピアノ音楽はロマン派の時代で、
素早い連打やトリルなどの装飾音、速い連続したパッセージが多用されていたのです。
そこで、1821年に、フランスのピエール・エラールが、素早い連打も可能にした画期的な現代グランドアクション(ダブルエスケープメントアクション)を発明しました。

1820年以降、各国で、ピアノの製造方法が改良されたり発明されたりしました。
弦は、それまでの細い真鍮からミュージックワイヤーに代わり、音量がかなり増大しました。
また、低音の音量を上げるために、太い銅の巻線を使用するようになりました。
張弦を交叉(こうさ)式にした交叉弦も考案され、コンパクトになりました。
そして、音域は、82鍵まで広がりました。

ところで、ここまでの話は、全部グランドピアノについてです。
現在の家庭で一般的なのはアップライトピアノだと思いますが、
これが誕生したのはこの頃、つまり19世紀初めでした。

18世紀に、ハープシーコードの弦を垂直方向に張ったクラヴィシテリウムが多く作られました。
これを元に、フィラデルフィアのジョン・アイザック・ホーキンスアップライトピアノを製作し、
このコンパクトなピアノは、広く普及するようになりました。
1800年のことです。
また、アップライトピアノを装飾した
「ジラフピアノ(キリンみたいな形のピアノ)」などの変わったピアノも誕生しました。

19世紀半ばには、ピアノのメカニズムは一応完成し、現在のものとほぼ同じになりました。
ショパンやリストの時代です。
リストは過激な(?)演奏で、よくピアノを壊していたようですが、
それに対抗するように、ピアノは丈夫になっていきました。
1840年に、ピアノの弦は、更に太い巻線になり、全体の張力も増大しました。
そして、それを支えるフレームは鋳物(いもの)の鉄骨を組むようになりました。

これ以降、ピアノは大ホールに対応できる音量や、協奏曲などでオーケストラに負けないようにするために、
改良されていきます。
鍵盤は長くなり、沈みも深くなりました。
弦も限界まで張力を高め、現代では20トンに及びます。
第一次大戦後、音域は現在と同じ88鍵になりました。

このように長い歴史を経て、現在のピアノが完成しました。

ピアノのルーツ

ダルシマー
11世紀に中近東からヨーロッパに伝わった、ツィター族の打弦楽器。
台形の共鳴箱の上に弦を張ってあり、その弦を小さい槌(マレット)で叩いて音を出す。

クラヴィコード
14世紀に誕生し、ルネサンスの時期にポピュラーな鍵盤楽器として、上流家庭の間で普及した。
モノコードと呼ばれる楽器に鍵盤をつけたもので、
鍵盤の奥に上向きにつけられた金属製(真鍮)のタンジェントという棒が
弦を叩いて音を出す仕組みになっていた。
音域は4~5オクターブ。
音色は繊細で美しく、ヴィブラートも出せるが、音量が非常に小さい。

チェンバロ
1500年頃にイタリアで誕生し、ヨーロッパ各地に広まった。
バロック時代に大活躍した鍵盤楽器。
鍵盤を押すと細長い棒状のジャックに取り付けられた爪(プレクトラム)が、
弦をはじいて音を出す仕組みになっていた(撥弦楽器)。
国によって、ハープシコード、キールフリューゲル、クラブサン、クラヴィチェンバロなど様々な呼び方がある。
クラヴィコードより大型で豪華で音量も大きい。

ヴァージナル/スピネット
チェンバロと機構が似ていて、卓上用に小型化された鍵盤楽器。
特にヴァージナルは16-17世紀のイギリスで愛用されていた。

ピアノフォルテ
1709年にクリストフォリが発明し、ジルバーマンが受け継いだ。
ハンマーで弦を打って音を出す、現在と同じ仕組み。
見た目も、現在のグランドピアノと同じ。
18世紀初頭は、木製の箱に真鍮や鉄の弦をはり、
鹿皮を張った木のハンマーで打弦する方式で、音域は4オクターブ~4オクターブ半。

●鍵盤の数
現在、ピアノの鍵盤の数は、88鍵が主流です。
最低音のAは27.5Hz、最高音のCが4186Hzです。
人間の可聴範囲は約20Hz ~20000Hzと言われているので、
倍音(基となる音の整数倍の振動数をもつ音。
耳を澄ますとかすかに聴こえる)のことも考えれば、これ以上の鍵盤は必要無いと思われます。
しかし、88鍵に落ち着くまでには長い道のりがありました。
最初のピアノは54鍵で、ピアノの進化とともに音域も広がってきたのです。
「☆ピアノの歴史」でも触れましたが、
ここでは作曲家と音域の関係に注目して表にしてみました。

1709年頃 54鍵
J.S.バッハ(1685~1750)・スカルラッティ(1685~1757)・ヘンデル(1685~1759)

*クリストフォリのピアノ。チェンバロ・クラヴィコード・スピネットも同じ音域。
ただしこの頃はまだピアノが普及していないので、
ピアノではなくチェンバロやオルガン等で作曲されていたと思われる。

*J.S.バッハはピアノを気に入らなかったようだが、その息子たちは好んで使用した。
*ヘンデルはクリストフォリの工房を訪ね、ピアノに大変興味を持ったらしい。

18世紀 61鍵
ハイドン(1732~1809)・モーツァルト(1756~1791)・ベートーヴェン(1770~1827)初期

*ハイドンは1788年にヨハン・シャンツ製のピアノを購入。
チェンバロからピアノに移行した話を、1790年に友人に宛てた手紙に書いている。

*モーツァルトは1777年にシュタイン製のピアノに出会ってからピアノを使用するようになった。
シュタインのピアノは膝ペダル付き。
鍵盤は浅く軽い。

*初期のベートーヴェンはワルター製のピアノを使用。

1803年頃 68鍵
ベートーヴェン(1770~1827)中期
エラール製のピアノ。「ワルトシュタイン」「熱情」はこの頃の作品。

19世紀初頭 73~78鍵
ベートーヴェン(1770~1827)後期・シューベルト(1797~1828)・メンデルスゾーン(1809~1847)・
シューマン(1810~1856)・ショパン(1810~1849)・リスト(1811~1886)

*後期のベートーヴェンはブロードウッド製のピアノを使用。
「ハンマークラヴィーア」はこの頃の作品。
このピアノは後に、孫弟子のリストが所有する。
晩年はコンラート・グラーフ製を使用。
耳が聞こえない彼のために特殊設計されている。

*シューベルトはピアノを所有していなかったが、
グラーフ製やワルター製のものを弾いていたとされている。

1840年頃 80~85鍵
シューマン(1810~1856)・ショパン(1810~1849)・リスト(1811~1886)・ブラームス(1833-1897)

*シューマンはコンラート・グラーフ製のピアノを使用。
80鍵で吊りペダルが4本ある。
妻であるクララの死後、このピアノはブラームスに譲渡。

*ショパンはエラール製、ブロードウッド製、プレイエル製のピアノを所有し、晩年はプレイエルを愛用していた。

*19世紀前半のリストはエラール製のピアノを使用。

1890年頃 82~88鍵
リスト(1811~1886)晩年・ブラームス(1833-1897)・ドビュッシー(1862~1918)・ラヴェル(1875~1937)・
プロコフィエフ(1891~1953)

*晩年のリストはベーゼンドルファー製、ベヒシュタイン製、スタインウェイ&サンズ製のピアノを使用。
このうちベヒシュタイン製のピアノが88鍵だった。

*ブラームスはシュトライヒャー製のピアノを愛用。

*ラヴェルはエラール製のピアノを使用。「水の戯れ」など88鍵全てを使い切った曲を残している。

1944年 97鍵 - ヘンリー・パープが実験的に製作。ベーゼンドルファーが後を継ぎ、
「インペリアル」という名で現在もコンサート用に受注生産している。
低音が9鍵多いが、他の音の倍音を豊かにするためであり、実際には弾かない。